或る方がご病気のお父様とのことを書いておられた。興味深く読ませていただいた。

 

私ももう少し、父の入院からのことを書かせていただいておこうと思う。

 

父が亡くなる1年近く前、浮腫がひどく出るようになった。医療を極度に嫌がるので、できる限りの策が投薬だった。が、それも大した効きめが見えず、浮腫の辛さのせいだろう、医療を拒否する勢いが控えめになったこともあり、事実上、父の主治医となってくださっていた現吉村医院の院長とも相談のうえ、私の一存で救急で市内の大病院に運んだ。その時、体内の状態は既に、悪くすれば1週間、もって数ヶ月、うまくいけば一年という診断だった。3ヶ月の間に2回転院をし、最後お世話になったのは大病院の循環器内科だった。年かさの医師と若手の医師数人のチームが担当することになった。

現役の時から、父は自分は不整脈なんだとよく言っていた。ハイリスクのお産がある時など根を詰めた時はなんども自分で脈をチェックしていた。最後の転院前は脈は下がっても30程だったのだが、頻繁に20近くに落ちるようになって、その医院の医師の判断で大病院に搬送とになった。搬送後すぐ脈拍をあげる薬を入れるかどうかを判断して欲しいと言われた。その時、使わないという選択は私にはとてもできなかった。

 

「自然なお産の第一人者」と評価していただていた父だった。父の医院や講演を手伝っていて、門前の小僧となったのだが、「自然はお産」は、産婦さんご本人の意志と意識、気持ちと日々の暮らし方あってのことだ。また、ご家族のご理解と応援も不可欠なものだ。そして、賛否両論あるだろうし、そういった領域を超越した境地の方もおられるかとは思うが、父が取り組んできた現代においての自然なお産とは、医療者の非常に行き届いた管理あってこそ成されうるものだと私は理解している。

父がどれだけ現代医療のあり方を批判してきたからといっても、医師として医療を丁寧に誠心誠意行ってきた。そういう父だからこそ、生命の際に差しかかったその時には、一度は医療のお世話になっていいのじゃないかという想いが起こった。一度その薬を入れると、止め時が難しいと言われ、止め時を決断する人間は自分以外いないのだと覚悟した。

今日は無事だった今日は無事だったと一日一日を過ごすのに必死だったせいか、父に1日でも長く生きて欲しいと切に願う、というような想いは私の心にはなかった。情の薄い人間なのかもしれない。これは私にとっての善であるだけなのかもしれないが、木の匂いのする、父の認知症の状態に相応しく相対してくれる人びとのいる施設へ一日も早く連れていきたいという想いのみに突き動かされていた。

この日には退院を、と目指していた日から一週間ほど先になったが、退院の日が決まった。それに向けて医療としての手順が必要だった。在宅的医療への切り替えに関して医師達との相談の席が設けられた。それが脈拍をあげる薬をいつ止めるかを選択する時だった。医師の説明を聞きながら、心を決めようとするも、その薬を「止めてください」と口にするのはそう簡単ではなかった。一人の女性医師が、「お父様もこれ以上は望んでおられないと思います・・」と静かに言った。私はその人のその言葉にすがりついたと思う。やっと「止めてください」と言った。

現代医療を批判する言葉を何百回何千回口にしてきたか分からない父は、自分自身に対しては、歯痛が起ればすかさず抗生物質を飲み、頭痛がでればセデスを飲んでいた。痛みにあまりにも敏感だった父。

「儂を病院なんかに運んでみろ、末代まで祟ってやる!」などと私にもスタッフ全員にもきつく言い聞かせていた。受付のカルテ棚に父の直筆で書かれた、絶対に病院に運ぶな、という紙が貼ってあった。


8年前、私は一度本気で父と縁を切ったことがある。うちは一人っ子な上、母が先に亡くなっていたので、父が倒れた時は親族がそばにいなかった。「末代まで祟って‥」しばしばそんなことを聞かせられていたら、救急車を呼ぼうと誰も決断できなくても仕方がない。万一その時に病院に運ばれていたとして、よかったのかわからないし、逆に、よかったのかもしれないが、その大病院の医師には、もう少し早い段階なら、ペースメーカーを入れるという選択もあった‥と言われた。あの父とペースメーカー・・・全くしっくりはしないが、30年実家の掃除に来てくれている父と同い年ご婦人は、今年ペースメーカーを入れて、溌剌と今も働いておられる。

もし過去に戻れたとして、別の選択をしたとして、もっといい結果になったとも思えないような、いい結果となったのかもしれないとも。多くの人々に、そして、私にも大きく影響を与えたあの父が亡くなってまだ一年、されど一年。父に対する観方は変化する。

私の心に多くの種、ネタを植えつけた父。あの父の子でよかったと思える私は幸せなのだ。

 

 

 

 

国登録有形文化財 旧石原家住宅 特別公開企画

企画展「親子について」

11月17日(土)〜20日(火)

https://www.orieotsuji.com/催し/